松原最終講評

みなさんこんにちは、松原弘典です。


今年は「チャイナスタジオ」の看板をかけかえて、急遽「アジアスタジオ」となったのですが、とっても楽しめたんじゃないでしょうか。トルコはよかったですね。国際会議の便乗企画として生まれたこの企画ですが、さまざまな方のご厚意でここまで楽しくやれて、本当によかったと思います。ビジネスではなかなかこうはうまくいかないんだけれど、教育というのはやはり多くの善意が入ってきやすいプラットフォームなわけです。みなさんの学びは、周りの方の善意に支えられていますが、同時に周りにも多くのいい効果を残したと思います。これを糧に前進してください。


毎年このスタジオでみなさんに何を学んでいただくべきかよく考えます。しかも今年は私も初めてのトルコで、言ってみれば出題者である私にとっても計画対象地は全く知らないところでした。そんな事情もあって、ある意味では皆さんと同じ目線から問題をとらえることができたと思っています。そこでこの問題、すなわち「外国まで行って設計スタジオをすることに意味とは何か」ということを改めてよく考えました。おそらくこの点こそが、小野田先生もこのスタジオを運営している時の核心となる問題でょうし、このことについてやはり教員も学生もより意識的になる必要があります。
 この問題について、今の私も明確な回答がさっと差し出せるわけではないんだけれど、現段階でぼんやりと考えているのは、「自分の考えをいかに圧縮できるか」ということなのではないかということです。「わかりやすい図面を描く」とか「英語をうまくしゃべる」とかいうこと以前にこういうことが必要だということをみながもっと共有しておく必要がある。海外に出て建築設計をするということは、日本人どうしならなんとなく共有している事象(それを人は「甘え」と呼びます)に頼ることはできません。わかりあっていないという前提の中でモノを作りはじめなくてはいけないし、異なる背景や考えを持つ人の間でうまく落下点を見つけて、実際のモノにするのが我々の仕事なわけです。そのとき最低限必要なのが「自分の考えを圧縮する」ことだと思います。それなりに作業をしてくればたくさんの考えや成果が付随してくるわけだけど、大事なところをすくいとって(圧縮して)まずそこだけをきちんと伝える。その圧縮内容は伝える相手によって少しずつ違ってくるでしょうし、圧縮する程度も発表のときの形式によって調整が必要になってくるはずです。それをみなさんどれくらいできたかな、というのを最終講評では見ておりました。


東北大学で建築を学ぶ学生は地力があってレベルが高い、というのが私の一般的な理解で、それは最終講評の終わった今も変わっていませんが、今回の皆さんを見ていてワークショップのときはやや不満がありました。自分たちだけで固まる、最初だけ話して作業を分けたらあとは自分の作業領域にこもる、発表もマイクを中国人に渡すことが多い。これではだめです。各人のスキルも重要ですが、こういう共同作業のときに、もっとリーダーシップを発揮できないとまずいと思います。リーダーはだれかにやってもらって自分は与えられた領域だけこなす、という態度では、自分に降ってくる領域はたかがしれたものになってしまいます。模型のうまい日本人は模型担当、なんてことになりがち。ああいうところではもっと主体的にコミュニケーションを発揮し、仕事のペースを自分が作り出し、いちばんおもしろいところを自分がとって作業する、くらいのつもりでやるべきです。それは英語が達者であるなしに関係ありません。スケッチや写真を多用し、周りが何をやっているのか把握すれば、おのずとできるはずです。問題点や目標を見出し、それを簡単なキーワードにしてピンナップなどでみなに伝えるようにする。そうすればほかの人の器用なだけで内容の圧縮されていない話より、あなたの下手だが圧縮された英語にみなが耳を貸すようになります。
 最終講評は取り返すものがありました。みなさんがんばったと思います。グループごとに出来不出来はあったけれど、中国側を圧倒していたと思います。圧縮の度合いにも上手下手はありましたが、それぞれが圧縮された内容をコンパクトに話そうとしていた努力はよくわかりました。以下に各グループへのコメントを書きます。


●team ARC
マスタープランの整理がもう少しあってよかった。各人の作業に入る前の広場の計画がまだ練られていなかったために、各建築設計の魅力が発揮しきれなかった。
 マスタープランはどうやら歩車分離をした環状動線を思いついたところで終ってしまった印象がある。もう少し建築をうまく使った囲い込みをしたり、広場形状を工夫したり、川べりの整備をもっと積極的に計画すればずっとよくなったと思う。ドミトリーやバザールに部分的な面白いアイデアがみられたし、あのへんがほかにももっと波及していればよくなっていたと思われるだけにあと一歩の感が強かった。

●happy!
これはやはりもう少し建築的な勉強が必要だと思う。図面にしても設計内容にしても。渡航前のプログラム提案などはとても面白く、どういうふうに渡航後に発展するか期待していたんだけど、あまりプログラム上の面白さを物理的な建築空間に置き換えることができていなかった。カーテンというのも真面目に考えるときっと可能性のある装置のはずなんだけど、アイデアのレベルで終ってしまっていたのではないでしょうか。たとえばあのカーテンがどういう素材でできていて、どういうふうに設置され…と考え出すと、それが空間を具体化するし、プログラムのほうにも影響が出てくると思う。そのへんの建築とプログラムの間の往来ができていなくて、プログラムをそのままシングルラインの図面と模型にしているだけの印象が強い。配置にも可能性もあっただけに、詰めがもう少しほしい印象が残った。

●BOS
問題設定の可能性はある案だったと思う。パブリックとプライバシーの錯綜する難しいテーマ設定だったとも思うが、うまくやればとってもおもしろい水準に到達できたはずだった。しかし実際の設計された内容はやや粗雑で、問題の難しさ自体を設計者が意識していない印象を与えるものだった。土地の所有ラインや共有の歩道のラインを図面に書いていないあたりがそのへんを物語っている。難しい問題をすっとばしてすぐ形態の話しに行った、ということなのかもしれないが、その割には形態もとんがっていなかったのがますます物足りない部分でもあった。もっとずるくなって、問題の難しさを十分把握した図面を用意し、それをすっ飛ばしてうまいこと着地点を見つけたような案にでもしてもらえればすごかったんですが。

AIR
各建築とマスタープランがあまり関係なく存在しているように見えた案。最初のテーマ設定はそろえたのになぜばらばらなんだろう。百歩譲って各建築の意匠はばらばらでもいいとしても、なにかその底をつなぐ視点なりアイデアがないと共同作業している意味がなくなる。各建築ももっとこうすればよかったのにという部分がいささか目立った。
 ある意味これはトルコの民家建築に没入してとんがった改築案などしてもらうことのできた案なのだが、既存民家に対する理解も紋切り型で物足りなかった。対象をよく理解すればおのずとそのどこに力点を置いて改修すべきかも見えてくるはずなんだけど、そもそもの現状トルコ民家の把握が甘く、作りたい最終形だけが先に決まってしまっていた感がある。そうすると提案はなかなかリアルには見えてこないですよね。

●MEGA VILLAGE
渡航前のリサーチでは大きな話だったので、帰ってきてどうなるかと思ったが、その大きい話をひきついで大きい建築を作って、しかもそれが環境になじむ形で設計できていたという点で評価できる。村での最終発表会のときの村民たちの行政官へのあの態度を思い出した。Misi村の人たちだって変わりたいと思っているはずだ。それをどう形にしていくかということを真剣に考えると、このチームのテーマ設定はリアルなものだと思うし、建築的にも(稚拙な部分は多々あるにせよ)面白いものを追求できていたと思う。


というわけで、5組とも、凹凸はありますががんばっていたと思います。もちろんグループワークですから、自分がうまくいかなかったことに対して不本意だと思う人もいるでしょう。しかしグループが低調ならその調子を上げなくてはいけないのもあなたなのです。それができなければあなたはできなかったと評価されてしまう。社会に出るとこの集団性からはほとんどの場合逃げられません。自分の評価を上げるには自分の周りをよくするしかない。きついことですが。
 みなさんは自分の考えを圧縮できていたでしょうか。圧縮したうえで、相手を見ながらその度合いを調整しつつ、対話を試みていましたか?英語があれだけ下手な最後の組の発表者(名前を失念してしまいましたがみなわかるでしょう)が、あれだけ皆の注目を受けていたことを思い出してください。あれは彼の言葉が、オーディエンスに向けたもので、かつ適度に(中学生英語程度に)圧縮されていたからこそ、みなをあれだけ引き寄せていたわけです。人に話を聞いてもらうのにはどうすればいいか?それは記憶している英単語の数に比例しません、どれだけ相手のほうを向いて、相手に合わせて自分の考えを圧縮しているかにかかってきます。そういうことを、今回の設計課題ですこしでも気づいてもらえれば、今回のアジアスタジオはみなさんそれぞれにとって成功だったと言えるでしょう。


スキマティックとリアリスティックの話は、龍神さんがまとめてくれていますが、つまりスキマティックであること(圧縮すること)は重要だが、本当の建築設計の面白さはそこからこぼれ出るところにあるからそれに早く気付いてそのレベルまで到達してほしい(今回はそこまでの案はなかったがいくつか萌芽がみられた)というのと、リアリスティックに考えること(なにを圧縮するかがその対象が適切であること)は重要であり、そのへんは日本チームは中国チームよりよくできていたと思う、というのが私の言いたかったことです。


TAの龍神さんもお疲れさまでした。途中のエスキスログが1回スキップがありましたが、とてもいいフォローをしてもらいました。毎年東北大のTAのレベルの高さには感心させられております。


以上です、みなさんこれをバネに精進してください。応援しています。


松原弘典/北京